誌上クリニック|ネクセント株式会社
どの階段で、何が抜け落ちたのか
本稿は、弊社に寄せられた複数の代表的な実例をもとに、事例企業が特定されないようにするため、架空企業の社長に重ねた症例である。
(ケース会社概要)
3軸加工を中心に、真鍮バルブなどの量産を安定して受注してきた従業員約150名の金属加工メーカー。取締役は4名。
「都合の良い下請けからの脱却」を掲げ、数千万円の5軸加工機とCAMソフトを導入した。顧客が数週間かけている特急試作を数日で出すことを狙った。「全社一丸」を掲げて2か月たつが、試作のサンプルは形になっていない。
第1章 方針を繰り返し伝えたが、現場はほとんど動いてくれなかった
経営方針発表会で、私は「挑戦」という言葉を使って、みんなに伝えた。ロボットや高速機械を作っているお客様では、開発スピードの短縮化が、激しい競争を抜け出すカギとなっている。
したがって、わが社としては、これまでの真鍮バルブの商売で食えているうちに、開発スピードの短縮化という課題解決に応える事業を立ち上げたい。それを通じて、都合の良い下請けから脱却したい、と私は考えた。
お客様企業では、内部に細い通り道が入り組んだ金属部品(マニホールド)の設計を変えたくても、部品が届くまで何か月も待たされている。新しく導入する5軸加工機とこれまでの強みであるうちの削り出し技術を掛け合わせれば、お客様が数週間かけている特急試作を、数日で出せる。
そうすれば、長いリードタイムを短くする救世主に、我々がなれるかもしれない。
これまでの量産とは全く違う仕事の仕方が待っているが、これに会社の未来をかける。だから一部の人間だけでなく、生産技術も営業も製造現場も、みんなで協力する。全社一丸でやり遂げる——。私はこれを、社内外で口癖のように話してきた。
5軸加工機は、うちにとって未体験のものだ。量産型でやってきたから、少量多品種の品目を次々に変えて作る仕事も、やったことがない。私自身を含め、誰にとっても未体験の領域だった。
わが社の体制は、取締役は私を入れて4名。管理部門と生産技術・生産管理・品質保証のスタッフ系を束ねる専務の武田、製造部門のトップの大木、そして営業部長。150名のうち約100名が製造部門だ。
立ち上げの切込隊長として、製造部門で一番腕のいい達也を任じた。午前はこれまでどおり量産の現場に立ち、午後は5軸加工機の立ち上げ作業に取りかかる。そういう段取りでスタートした。
しかし、2か月たっても、サンプル品の完成には程遠かった。5軸加工機の実際の稼働は、週に数時間ほどにとどまったのが実態だった。現場を歩くと、これまで通りの量産型のものづくりから踏み出そうとしていない空気を感じた。
第2章 「三人とも、本気を出してくれていない」——量産にばかり力を入れているとしか見えなかった
苛立ちが先に立った。経営幹部の三人がそろって、5軸加工機の立ち上げには本気にならず、量産の方に固執しているとしか思えなかった。
製造部長の大木が課長たちに何を言ったかは、後から耳に入った。
「社長の肝いりで5軸機が入る。大事なプロジェクトだ。ただ、これだけは肝に銘じておいてほしい。わが社が食っていけているのは、今日も真鍮バルブの量産ラインが回り続けているからだ。だから新しい商売を立ち上げるにあたっても、今の歩留まりと納期を絶対に落とさないことが必須になる。午後は達也が5軸機の立ち上げに取り掛かるので、量産のトラブルは彼の分もみんなで手分けしてカバーして欲しい」。
両方大事だと伝えたつもりなのだろうと、私は好意的にとらえたかった。だが「量産の、歩留まりと納期を絶対に落とさない」の方を強く伝えたから、課長以下のメンバーには「量産ビジネスが最優先」と理解されたのだろう。
現実、社内で一番、頼れるのは達也である。歩留まりと納期を落とさないという絶対方針のもとでは、「頼む!ちょっとだけ助けてくれ!!」という泣きのお願いが達也の元に頻繁に集まっていたようだ。
達也自身、量産での歩留まりと納期の厳守の必要性を痛いほど理解しているからか、声がかかれば条件反射のように現場に駆けつけていた。本来であれば5軸加工機の仕事に徹して、量産の現場に関わるのはやめてもらいたかっただけに、残念なことだった。
その結果、5軸加工機での作業時間は侵食されていた。
専務の武田は生産技術の鈴木にこう言っていた。「5軸加工機とCAMソフトは数千万円の、極めて重い投資だ。高いアルミ材料や工具を無駄にしないよう、シミュレーションの上で干渉エラーも削り残しもない、完璧なデータを目指そう」。
鈴木は達也に、こう漏らしていたという。「専務から、材料も工具も無駄にするなと言われている。画面の上でエラーが一つもなくなるまで、機械には持っていけない」。鈴木は何日も、画面のエラーを消すことに一生懸命になってくれていた。
営業部長は部下にこう伝えていた。「将来は5軸加工機を使った特急試作ができるようになる。ただ、まだサンプル品すらできていない段階だ。お客さんに言葉で伝えるのは控えておこう。当面は、これまでどおり量産の仕事をしっかり取ってきてほしい」。
若手の営業が「お客さんから、試作をもっと早く回せないかと相談されたんですが、5軸加工機のこと、話してもいいですか」と尋ねた時には、課長は「部長も言っていただろう。まだ早い。今月の数字が先だ」と答えていたそうだ。
営業は、これまでどおり真鍮バルブの注文を取ってきては、現場に流し込み続けた。その注文をこなすために、達也の午後もまた量産に取られていった。
製造は量産を死守する。管理は完璧なデータを目指す。営業はまだ口にしない。私の「全社一丸」は、三人の取締役を通過した瞬間に変質していた。
まるで、「全社一丸で量産商売を守ろう!」が方針かのように。
ここは、号令のかけ直しだ。そう考え、幹部会議でもう一度、未来の絵を再確認した。皆、頷いていた。それでも5軸加工機は、週に数時間しか回らなかった。
第3章 「これまで通りの仕事をしている私は、具体的に何をすればいいのでしょうか」
私は自分で、各階層を回ってみることにした。本気を出していない証拠を掴むつもりだった。
しかし、掴めたのは、逆のものだった。
製造部長の大木は、トップランナーである達也の時間を名目上50%切り離すのは人材不足の中で大きな痛手だからこそ、量産側の気を引き締めねば……、という思いがあった。
専務の武田は、これまでにない大きな投資をしっかり回収するために、慎重に効果を出そうと気合を入れていた。
営業部長は、売り物がまだないのに安請け合いをして信用を落とすまいと、慎重になっていた。
誰も、私の意図を外す気持ちなど持っていなかった。むしろ、新しい事業のために量産という屋台骨を崩すまい、という責任感の方が強かった。
ただ、私にとって、奇妙なことがあった。「全社一丸で、具体的にどんなことをしてきましたか」と聞くと、幹部も現場も戸惑うのだ。
皆、気持ちでは応援している。しかし、量産のことなら翌日の段取りまで細かく言えるのに、新しい事業については「頑張っていこう」「みんなで協力していこう」から先が出てこない。
導入を進めていた人事評価制度の目標欄にも、「新しい取り組みがうまくできるように、しっかり意識していく」「自分も何か貢献できるように常に検討する」——前向きだが、行動の浮かばない言葉が並んでいた。
最後に、ある社員にこう言われた。「もちろん新しい商売のことを応援しています。ぜひ成功させたいです。その気持ちでいっぱいです。でも、これまで通りの仕事をしている私は、具体的に何をすればいいのでしょうか」
私は、答えられなかった。
<読者への問いかけ>
社長は新事業の立ち上げに「全社一丸」を語り続け、幹部も現場も応援すると言う。それでも目玉の新事業は2か月たっても形にならず、ある社員からは「これまで通りの仕事をしている私は、具体的に何をすればいいのでしょうか」と問い返された。
問い(1)
新事業の意義は誰もが理解し、応援もしている。それでも誰も新しい方へ動き出せなかったのは、なぜだろうか。
問い(2)
自社で同じ問いを社員から受けたら、何と答えるだろうか。
ネクセントの経験では、こうした足踏みは熱意や理解の不足から起きているわけではないと考えている。手がかりは、経営が語っている言葉と、社員が翌朝に取る行動とのあいだの距離にある。
第4章 私は会社の明日について語っていた。しかし、それは遠い未来だけだった
私は、自分の口癖を一つずつ思い出した。お客様の課題。リードタイムの救世主。非連続の挑戦。全社一丸。
どれも私の心からの思いだ。ただ、私が語る「明日」は、現場にとってはあまりにも遠すぎる未来だ。私の言葉には、「翌日」に取るべき行動は一つも含まれていなかった。
量産のことなら、私が言わなくても、翌日に何をやればいいかを、的確に、細かく、具体的に言える。「段取りを組むため」「効率的に機械を回すため」「納期を守り、お客様に迷惑をかけないため」。目的が明確に言え、まず何をすべきか、その次に何をすべきかが、スラスラと言える。
誰かが見落としたり間違えたりしても、すぐに上司や同僚が指摘できる。会社が小さい時は、私自身が陣頭に立ってそれをやっていた。
新事業である5軸加工機のことは、そうはいかない。三人の幹部は、私の遠い未来を受け取ったあと、部下に渡すために精一杯の努力をしてくれていた。「なぜやるのか?」の部分はこれまでの議論を通じて理解してくれていたのだった。
ただ問題は、彼らは「量産型商売の世界」の言葉で語ることしか出来なかったのだ。私が埋めていなかった空白を、使いこなせている手持ちのボキャブラリで、一生懸命に埋めてくれていたのだ。すり替えではない。劣化でもない。
そして空白は、私自身の中にもあった。少量多品種も、5軸加工機のビジネスも未経験なのは私も同様なのだ。やったことのないことを翌日の第一歩に落とす発想も、テクニックも、私は持っていなかった。
だから「頑張ろう」「一丸で」としか言えなかった。社員が概念を念仏のように唱えるだけだったのは、私が概念しか渡していなかったからだ。
正直に言えば、この見立ては、裁判だったら有罪にできないレベルだ。三人の胸の内を示す証拠があるわけではないし、現場のどこかに他の要因があった可能性も否定し切れない。
だが、証拠が揃うのを待つのは経営トップの仕事ではない。
私は、この見立てで動くと決めた。量産を守った責任感は、咎める対象ではなく、この会社の底力だ。その底力を新しい方向にも向けてもらうために、先に変えるべきものがある。
私の言葉と行動の方だった。
第5章 答えの代わりに、「それを、あなたに考えてほしい」と頼んだ
体制を組み直した。達也と生産技術の鈴木の二人を、5軸加工機の立ち上げプロジェクトの専任にした。量産との掛け持ちはやめた。
そして、あの社員への答えを、私はこう変えた。「それを、あなたに考えてほしい」。
投げ出したのではない。答えが分からないのは、私も同じだ、という前提をまず共有した。その上で、少しでも答えに近そうな仮説を立て、小さな第一歩をすぐに繰り出して、確かめる。
うまくいってもいかなくても、その結果が第二歩の手がかりになる。100点には届かなくても、60点、70点には今までの倍以上の速さでたどり着ける。その速さを大切にしよう——。そう頼んだ。
私が明確にしたのは、意図と制約だけだ。お客様の長いリードタイムを解決する。ただし量産は壊さない。具体的なやり方、つまりハウ(How)は、一人ひとりに考え出してもらい、その行動を会社として支える。そのやり方に徹した。量産の既存メンバーも、毎週「来週の第一歩」を考え続ける。
営業はお客様のニーズをこまめに聞き取る。製造部はネットや動画で拾った5軸の情報をプロジェクトチームに持ち寄る。若手からは「プログラミングを教えてもらう」「タバコ部屋で状況を尋ねてみる」という声が出た。
見当違いでもいい。やってみれば、見当違いだったと気づく。気づいたら直す。私は、正しい第一歩を選ぶことより、この「試して、気づいて、直す」サイクルを回すことの方を大事にした。第一歩、第二歩と歩んでいくうちに、障害も出てくる。それは毎週、会社として取り除いていった。
ある週、鈴木は、機械の中で100%バリを取り切る複雑なプログラムに行き詰まっていた。その様子を見ていた大木が、独り言のようにつぶやいた。「我々の目的は何なんだ」。大木自身も、答えが分かっていたわけではない。そのつぶやきを鈴木が拾い、達也と二人で、ああでもない、こうでもないと議論した。
お客様にとっての価値は、内部にバリがないことであって、機械が取るか人が取るかはどちらでもいい。貫通する瞬間に速度を落とし、薄皮1枚でバリを残し、ベテランが手作業の1分で削り落とす。数日止まっていたテスト加工は、まもなく再開した。
体制を組み直してから8週間。サンプル品を、お客様のもとへ届けた。
第6章 共感もしてくれていた。止まっていたのは、動き出しだった
振り返って分かったのは、うちに欠けていたのは熱意でも理解でもなく、打ち手を現場の行動につなげる会社のしくみ、つまり実行基盤だった、ということだ。
実行基盤には三本の柱が必要だ。経営の意図に向かって現場の行動を巻き起こす求心力、動き出した現場の障害を会社として素早く取り除く機動力、そして現場の学習と成果を後押しする支援力。
三本を一度に整えるのは、うちの体力では無理だった。だからそのうちの一本を選んだ。
うちでいちばん先に手当てすべきは、求心力だった。意義は全員が言えた。共感もしてくれていた。しかし、それを各人の「来週の第一歩」に変えるための会社としてのしくみがなく、結果として、具体的な動き出しを繰り出せないでいた。
機動力は、動き出しさえすれば、意外にもうちにはあったと言える。その後の毎週の問題や課題を解決する障害除去の取り組みは、スムーズに進めることができたからだ。ただ、人が動き出すまで、障害はそもそも上がってこなかっただけなのだ。
号令は出発点に過ぎない。語る側が自分の行動で体現し、聞く側に翌日からの身近な第一歩を言語化させる。最初は間違っていてもいい、という共通の約束があって初めて、ビジョンは具体的な行動になる。
会社を強くするとは、良い打ち手を思いつくことではなく、どんな打ち手でもしっかりと現場の行動につなげるしくみ(=実行基盤)を持つことだ——。私はいま、そう考えている。
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自社に当てはめてみる
物語の途中で立てた2つの問いに、もう一度戻ってみてほしい。
□ 自社の方針を、社員が「来週、自分がやる一つのこと」として言えるまで展開されているか。
□ 社員に「具体的に何をすれば」と問われたとき、指示で答えるか、一緒に考えるよう頼むか。
□ 小さく試してうまくいかなかった第一歩を、手がかりとして歓迎する場があるか。
自社でいちばん先に手当てすべき柱はどれか。60分の個別対話会で、いまの状況をうかがいながら一緒に考える場を設けている。