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DXツールを入れたのに、現場が動かない

誌上クリニック|ネクセント株式会社
予兆を捉えるはずのアプリが、単なるトラブル台帳になっていた
本稿は、弊社に寄せられた複数の代表的な実例をもとに、事例企業が特定されないようにするため、架空企業の社長に重ねた症例である。

(ケース会社概要)
プラスチック射出成形加工業、従業員百名弱の二代目社長。射出成形機の故障を未然に防ぐため、予防保全の予兆管理アプリを構築した。しかし、現場での運用が徹底されていない状況に直面していた。

1. 頑張って入力してくれる。だが、使えないデータ

私は、導入の狙いは間違っていなかったと確信している。
 
機械が突然止まれば納期は乱れ、現場は復旧に追われる。予防保全が大事だということは、私だけでなく現場もわかっている。だから、機械の異変——いつもと違う音、微かな振動——を早いうちに記録し、そのデータをもとに、故障の前に手を打つ。そのためにkintone で作ったアプリだった。
 
現場は、入力してくれている。忙しい手を止め、油で汚れた手を拭き、現場から離れた場所にあるPCまで歩いて、入力してくれている。大変ありがたいことだ。ただ、拾えている予兆は、私の実感でせいぜい半分に満たない。
 
そして、入っている中身が使えない。数値はどこか丸く、自由記述は「確認完了」のような、そっけない一言。後から読み返しても、それが本当に危ない兆候だったのかどうか、判別がつかない。故障が起きたときの記録はきちんと残る。だが、肝心の予兆だけが、活かせる形で集まってこない。予兆を捉えるために入れたアプリが、ただのトラブル台帳になっていた。
 
現場は悪くない。頑張ってくれている。なのに、活かせるデータになっていない。私自身、どんな状態になれば成功なのか、理想形すら描けずにいた。同じ状況に直面したとき、他社の社長なら、どこに原因があると睨むのだろうか。

2. 「意義が、伝わっていないのだろう」——最初は、そう考えた

予防保全の価値が腹に落ちていないから、入力が雑になる。私はそう見立てた。であるならば、しっかり伝えればいい。おそらく、経営者の多くが同じ順番で考えるはずだ。
 
朝礼で話した。会議でも話した。故障ゼロが会社に何をもたらすか。突発停止がどれだけの損失につながるか。皆、うなずいて聞いてくれた。反発はなかった。
 
入力件数は少し増えたが、記録の中身はさほど変わらなかった。管理職を通じてもう一度、入力の徹底を求めた。件数は少し増える。でも、中身は変わらない。号令は、効いていなかった。
 
百人程度の会社だ。現場は近い。それならばと、直接聞いて回った。「このアプリは、何のために入れたと思うか」。返ってきた答えは揃っていた。「故障を防ぐためでしょう」。ベテランも若手も、全員が言えた。
 
ここで、最初の見立てが崩れた。意義は、伝わっていた。何のためにやるのかは、現場の腹に落ちていたのだ。わかっていないのではない。わかっているのに、書けていない。皆の意志の手前で、何か別の力が働いている。そう考えるほかなかった。

<読者への問いかけ>
この社長は、予兆管理アプリの意義を現場に説き、現場も全員が「故障を防ぐため」と言えるのに、記録は曖昧なままで、予兆が活かせる形で集まってこない。

問い(1) 
現場は意義をわかっていて、手を止めて入力までしている。それでも記録が曖昧になるのは、なぜだと考えるか。

 

問い(2) 
自社で、現場がわかっているのに動ききれていないとしたら、まず何を確かめ、どこに手を打つか。


ネクセントの仮の見立てを一つ置いておく。意義の問題でないのなら、原因は現場の意志の側ではなく、書くという行為が現場に何を負わせているか、そしてそれを会社の側がどう扱っているかにあるのではないか。

3. 「あれが予兆だった」と分かるのは、事故が起きてから

予兆を見分けるとは、そんなに簡単な仕事ではない。いつもと違う気がする音が、本当に故障の前触れなのか、その場では誰にもわからない。そして、この判断には非対称なリスクがついて回る。
 
異変を感じながら書かずにいて、故障が起きれば「なぜ止めなかった」と言われる。逆に、小さな予兆で機械を止めれば「なんで止めた、本当に危なかったのか」と言われる。動いても動かなくても、結果次第で後から責められうる。確信の持てない予兆を自分の名前で断言して書くというのは、分の悪い賭けに自ら名乗り出るようなものだ。
 
正直に言えば、確たる証拠をつかんだわけではない。「怖くて書けない」と誰かが打ち明けたわけでもない。だが私は、「現場は、難しい予兆判断のリスクを、担当者一人で背負わされている」——そう見立てて動くと決めた。
 
現場の恐れの中心は、おそらく私からの叱責ではない。むしろ、同僚や先輩からの無言の圧力だ。予兆を見逃したときの気まずさも、大げさに止めたときに向けられる白い目も、どちらも居心地が悪い。ならば、断言を避けて丸く書いておくのが、いちばん傷の浅い道になる。
 
私はこのアプリを「見える化」の道具として捉えていた。だが現場は「犯人探し」の道具と捉えた。故障が起きたとき、誰の判断が悪かったかを記録しているように見えたからだ。
 
振り返れば、根本原因は私の側にあった。止めるか止めないかという判断を、会社として引き取る手立てを、私は何も用意していなかった。現場が抱え込んだ判断に、会社がすぐ手を差し伸べる形になっていなかったのだ。
 
PCが現場から遠いことも、入力を億劫にはしただろう。だが、それは犯人ではない。PCを機械の真横に置いても、一人で判断を背負う怖さは消えない。
 
集まったデータが使いものにならなかったのは、現場が手を抜いたからではない。曖昧にしか書けないしくみの中で、精一杯、曖昧に書いてくれていたからだ。

4. 現場は意義をわかっていた。動かなかったのは、会社のほうだった

後になって知ったことだが、会社の戦略を説明できると答えた人は、管理職で72.1%、一般社員では31.8%だという。一般社員に限れば、説明できる人は3人に1人にすぎない(注)。
 
うちの現場は、このアプリの意義なら全員が言えた。調査の問いとは同じではないが、少なくともこの点では、意義は届いていた。しかも現場は、手を止めて入力するところまで動いてくれていた。
 
戦略の実行基盤を、求心力(現場の共感)・機動力(現場の障害除去)・支援力(現場の完遂と学習)の三本柱で捉えると、うちでは求心力は立っていた。それでも入力は捗らなかった。打ち手を現場の行動につなげる実行基盤が、どこかで機能不全を起こしていたということだ。
 
欠けていたのは、機動力だった。機動力とは、会社が、現場が抱え込む障害を引き取り、解消する意思決定を素早く行うことで、現場が自ら行動を加速できることだ。
 
予兆を判断するリスクは、まさに現場が抱え込んでいた障害だった。会社はそれを引き取らず、止めるか止めないかの判断を、担当者一人の肩に載せたままにしていた。
 
三本柱を一度に全部整えるのは無理だ。だから、わが社でいちばん先に手当てすべき一本として、機動力を選んだ。機動力さえ整えば済む、という話ではない。だが、どこから手をつけるかが見えれば、打ち手は一つに絞れる。直すべきは現場ではなく、会社の側だ。

5. 打ち手|判断をチームが引き取る「5分ボタン」

まず、現場に降りて話を聞くことから始めた。出発点に置いた問題意識はひとつ。「ふと気づいた違和感を躊躇なく記録できて、チームの力で対応できる形にできないか」だ。
 
そして、試した打ち手がある。「5分ボタン」と呼んでいるものだ。
 
機械に違和感を覚えたら、躊躇なくボタンを押す。黄色が点灯する。確認して問題がなければ青ボタンを押し、黄色は消える。肝は、確信が要らないことだ。押すことは断言ではなく、軽い合図。周りのみんなも、注意を向けながら自分の仕事を続ける。そして、5分経過した黄色は、自動で赤に変わる。何かおかしいのに対応しきれていない——という緊急警報だ。違和感の瞬間に、対応完了の直後に、5分経過時に、ワンタッチで記録が残る。
 
記録以上に大切なのは、チーム全員での「共有」だ。違和感を一人で抱え込まない。発生当初は一人で対応するが、みんなが気にかけている。赤に変われば、一斉にヘルプへ動き出す。止めるか止めないかを、担当者一人の度胸に任せない。抱え込んでいた判断を、チームが引き取る。担当者まかせだった予兆管理を、チーム共通の取り組みに変えられた。これは、わが社の社風として大きな転換だった。
 
さらに、現場の若手のアイディアで「自分で押せる赤ボタン」を加えた。自分では手に負えないと思ったら、すぐに押せるSOSボタンだ。「大したことないのに人を巻き込むな」という声が上がるかと案じたが、違った。「慣れないと、この音は気になるんだよなぁ」と理解を示し、「ここをこうするんだよ」とコツを教えてくれる。ベテランのノウハウが自然に伝わるという、思わぬ副次効果もあった。
 
もちろん、このしくみでは「どんな予兆だったのか」までは自動で取れない。だがこれも、現場発のアイディアで小さなトライ&エラーを重ねている。症状をその場で口頭解説して録音する、振動を動画で撮る。決定打にはまだ遠いが、現場が主体的に対話を重ねて動いてくれるのが、何より嬉しい。
 
このやり方がすべての会社に当てはまる正解だとは思わない。業績との連動や評価との接続をどう設計するかも、会社ごとに形が違う。
 
ただ、いま思えば、ツールを入れる前に問うべきだったのは、打ち手を現場の行動につなげる実行基盤が機能しているかどうかだった。三本柱を一度に整えることはできない。だからこそ、いちばん先に手当てすべき一本を見極める。うちの場合、それは意義を説き直すことではなかった。会社のしくみとして機動力を高めることだった。

(注)ネクセント株式会社『戦略実行の実態調査 2026』(2026年6月実施/2026年8月発行、全国の就業者570名)。「会社の戦略を説明できる」と答えた人の割合。管理職136名、一般社員434名。

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自社に当てはめてみる

物語の途中で立てた2つの問いに、もう一度戻ってみてほしい。
 
□ 現場は、新しく入れたツールが何のためのものかを自分の言葉で言え、入力などの行動に動き出しているか。
 
□ 現場が抱え込んでいる判断や障害を、会社が引き取って解消する手立てはあるか。
 
現場が動き出しているのに、判断や障害を引き取って解消する手立てがないなら、この症例と同じく、いちばん先に手当てすべき柱は機動力かもしれない。
 
自社でいちばん先に手当てすべき柱はどれか。60分の個別対話会で、いまの状況をうかがいながら一緒に見立てる。

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